自己紹介

つぶやくことなんてない

3年前,京都大学を受験した①東京大学を受験

本日は2月12日です.

国立大学の二次試験は2月25日ですね.現役のこの時期はひたすら過去問を解いていたことを思い出します.自分にとって過去問ってなんか「神聖」なるものって感じがしてなかなか手をつけられないものでした.問題集とかよりも絶対的に格上で,容易に手を付けてはいけない,万全の体調で立ち向かわなければならない.自分で書いてて意味が分からないけど,「本物」という感じ.10年前くらいから徐々に解いていって本番の1週間くらい前に,最後の最後に最新のものを初めて見て,解いて,これで俺は偉大な何かと同化して,最高の状態で本番を迎えられると思ってたんでしょうか.私はお化けとかオカルトを頭ごなしに否定する代償に権威とかいったものにめっぽう弱いのでこういったことをよくしてしまいます.しかし,こんなものに全く効果などなく,私はその3月以降,東京大学の赤門を2年くらいはくぐることはありませんでした.

以下自分語り.4年前を思い出して書きます.

 

私は一浪して京都大学に入りました.

なんでここを選んだかといえば,現役のときに東大受けて,同じ大学を受けるのがいやだったから.完全にひねくれ,イキリに聞こえますが60%くらいは本当であると思います.この動機は純粋に自分の意思といえるかは分からないけど,比較的消極的な理由です.私は権威にめっぽう弱いので,こういったことをしてしまいました.

高校三年生のときは東京大学理科一類を目指して勉強していました.高校は地方の公立学校で,部活もしつつテストの成績は良い方でした.テストがないと勉強せず,宿題は適当にやるけど,テスト前に一気に勉強してよい成績を残すタイプでした.これは昔っからそうです.そんな自分の敵は模試とか実力テストでした.定期テストはノートに書いてあることを覚えれば解けますが,模試などはそうはいかず,また勉強する方法も分からなかったためほとんど勉強せずに受けていました.結果は壊滅的とまではいきませんが,明らかに定期テストの水準より一回り低い.自分はそういう人間なんだなと思い知らされるばかりでした.そんなこんなで,大学のことなんてほとんど考えずに過ぎゆくままに学生生活を送っていました.たぶん高校1年生の頃からあったと思いますが,「進路調査」などと称して自分の志望する大学を紙に書くイベントがあったので,それには地元の国立大学を書いておきました.自分がどこの大学を受けるかなど本当に興味がありませんでした.

なんで最終的に東大なんか受験することになったかといえば,完全に成り行きでした.自分は最後まで,あの東大なんて滅相もない,という感覚を持っていて,結果的にはやはり入れませんでしたが,自分の実力は東大を志望するレベルにはあったようです.自分よりもテストの成績が悪いであろう人たちが難易度の高い大学を志望している中,地元の大学を志望を書いていた私(たぶん,もっと上のレベルの学校書いてもいいんか?とは思ってたと思う)は進路指導の偉い人から職員室で君は東大目指しなさいとか言われると,やっぱいけるよな?という気分になってそのまま「東京大学」ととりあえず書くことになってしまった.2年の夏くらいでしょうか,そこから自分は東大と思うようになったんだと思います.なんて簡単なことでしょうか.とはいえ具体的に東大の過去問を勉強したりセンター試験などの勉強は全くせず,本格的にヤバイと思って取り組みだしたのは部活を引退する三年の6月くらいだったかと思います.この「ヤバイ」という感覚こそが自分の原動力なんだなあというのは,大学生になった今も日々感じています.こっからは与えられた問題集を解いたりしてました.(フォーカスゴールドとかいう分厚いものや名門の森とか)といっても自分は一日8時間とか勉強する集中力はなく,それに,なんやかんや昼寝やスマホいじりなどしてあまり効率の良い勉強をしてはいなかったと思います.後に,結局一冊も問題集を終えることなく受験を迎えることになります.東大と決めてしまったが最後,勉強せざるを得ない状況に置かれた私は一応毎日勉強しました.

東大や京大などは駿台河合塾代ゼミが専用の模試をやっているので,それを受けましたが最終的に募集1100人に対し1200番くらいの成績にはなったと思います.これはいけるんじゃ...そういう気持ち半分,しかし,権威に弱い私はやはり「あの」東大に勝てるわけないんじゃないかという不安が大きかったと思います.

1月センター.手ごたえあり,自己採点を翌日朝にみんなでやりました.結果はセンターリサーチ余裕のA判定.つかの間の喜びである.東大は確か素点900を110に圧縮なのでほぼアドバンテージはなし.とはいえ相当喜んでいたことでしょう.あと1か月.ここから過去問月間に入る.前述の通り.25か年を国語,数学,理科,英語の順に時間を計って解く儀式を開始.こと時点で不安は解消することはなかったと思います.

二月模試.いつもの成績でした.とはいえ,やらねばならぬという義務感に突き動かされ過去問の儀式を続行.最新版を解き終えたのは本当に前々日位だったと思います.もっと余裕もってやれよと.

2月本番.リュックいっぱいに赤本を詰め込んで上京.これは最大の愚行だったと思う.本当に重かった.宿は東京ドーム近くの受験生がいっぱい泊まるホテル.朝食はスクランブルエッグがまずかった.歩いて東大へ.高級そうな制服を着て登校する小学生達がとても賢そうだった.地上に出てくる地下鉄を初めてみた.結構坂が多い.正門前には受験産業の人たちがたくさんおりのぼりを立てたり,色々配るなどしていた.正門をくぐって銀杏並木にはいかず,左手の建物へ.国語の試験.昼食は地下の食堂で食べた.かなり混雑していたが,ものすごい孤独感を感じた.昼食後,缶コーヒーを買って散歩した.もう参考書を開く気力はなかった.数学の試験.試合終了.0完.自分は本当に弱かったのが分かった.1日目終了.それ以降はあまり覚えていないです..

 

自分は勉強してはいましたが,やはり勉強量が圧倒的に足りませんでした.量です.受験生に言いたいことがあるとすれば,参考書を試験に持っていくな,ということ.なんで受験生は勉強するのかといえばそんなことをしなくてもいいように自信をつけるためです.

悲しくなった.今日は寝ます.

 

 

現在,深夜4時...

交友関係の狭い大学生にとって長期休みほど無益なものはございません.

 

京都大学に入学してはや3年.

同世代は就職や遊びで忙しいころかと思うが,そもそもそういう情報すら入ってこない.完全に部屋から出ることをしなくなってしまった!

現在,午前4時.午後6時前早に空腹に耐えられなくなって冷蔵庫から出てきた白米と鶏肉を食べて,そこからの記憶があまりないからほんとに無駄に時間を過ごしていたんだろう.今から酒を飲む気分でもないしなあ.うーん,人生って死ぬまでの暇つぶしなんですかね?

 

この時間帯はこんなことばっかり考えてしまうのは人類共通らしいですね.これ以上出来損ないのポエムを書き散らす才能もないので,この文章を書いた理由と目的を.

 

①暇

現在,京都大学の3回生の春休みの日々をラグランジュ的に観測する日々です.(流力の教科書見て書いた)京都大学の3回生ならこの世に3000人くらいいるので特定を恐れずに平気でこんなことを言えちゃいますが,あえて言うなら理系学部です.就活は...院に進む予定ですので...

遊ぶ金も友もないしとにかく暇!理系大学生が忙しいなんてほざいたのは誰だ.少なくとも私は3回終わりの今まで勉強やレポートに追われるとかはほとんどありませんでした.その点,京都大学工学部??工学科??コースはお得かもしれませんよ.

3つ目以上が思い浮かばないのでこれが最後

なんか,これまでの大学生活を一度文章にしてみたら感傷に浸れるし,これからこの大学に入ることになる若者にとって非常に有益難ではないかという気がしたから.

「京大生 ブログ」で検索すると¥マークの透けて見える意識の高そうなブログしかなかった.意識の低いブログを作りたい. 

有り余る時間で頑張って書いてみます.この時点では絶対途中でやめると確信していますが.